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明治から続く供養の灯りを、消したくなかった。──キャンドルナイト第10回、発起人・田中社長が語る原点と想い

Talk member

株式会社アスカフューネラルサプライ
総務・広報

窪田 美幸

株式会社アスカフューネラルサプライ・代表取締役社長

田中 亮

インタビューコラム「What’s Next?」
第2回は、田中社長に今年で10回目を迎える「キャンドルナイト」の原点と、
地域への想いを語ってもらいました。

目次

はじめに

8月26日、新宮市池田町のあすか斎苑に、幾千ものキャンドルが灯る。

夢を綴り、平和を祈り、誰かを想い、日々に感謝する。思い思いの言葉が書き込まれた紙コップのキャンドルが会場を彩るこのイベントは、今年で第10回を迎える。

始まりは、社員が5人だったころ。「勢いだけでやった」と笑いながら話す田中社長に、キャンドルナイトの原点と、10年続けてきた想いを聞きました。

「消えかけていた祭りを、自分たちが繋ぎたかった」

窪田
キャンドルナイトを始めたきっかけを教えてください。
田中
あすか斎苑の隣に、池田町の六地蔵さんがあるんですよ。
明治時代から続く供養のお祭りで、地域の皆さんがずっと守ってきた場所なんですが、時代と共に訪れる人が減ってきて、運営も大変だという話を聞いて。全国的にも地蔵盆って、昔はたくさんあったのにほとんどなくなってきている中で、ここではまだ続いていることがすごいなと思ったんですよね。
窪田
それで、一緒にやろうとなったんですね。
田中
「何かやれないかな」という気持ちがまず先にあって。
うちの隣にあるわけだから、自分たちが繋いでいくのがふさわしいんじゃないかと思って、池田町内の皆さんに「一緒に手伝いをさせてもらえませんか」とお願いしに行ったのが最初でね。
で、ただそれだけでは一緒にやる理由が弱い。うちもやりたいことをやろう、ということでキャンドルナイトのイベントを一緒にさせてもらうことになりました。
窪田
そこでなぜキャンドルに目を付けたんですか?
田中
映えるから(笑)。…あとその頃、長野かどこかのイベントで、みんなの願いを書いたランタンを飛ばすというのを見て、それがすごくいいなと思っていたんですよ。ランタンは難しそうだったので、キャンドルで子どもたちの願いを書いてもらおうと。ちょうど新宮に帰ってきたばかりで、風穴を開けるぞみたいな気持ちが溢れていた時期だったから、そういうエネルギーも重なりましたね。

社員5人、チラシ1000部刷り直し事件

窪田
第1回は、今と比べるとスタッフの人数が少ない中でのスタートでしたよね。
田中
社員が5人ぐらいの時ですよ。
「やろう」って声をかけたら、みんな「え、マジで? やれるかな……」みたいな顔してて(笑)
勢いだけでやったから、今言ったら絶対やらないって言われそうです。
来場者の想定は100人くらいの規模感のイメージで動いてたんですけど。
窪田
今だったら考えられませんね(笑)
準備も相当大変でしたよね。
田中
何もかも手探り。チラシを1000枚作って、当時初めてデザイン会社にお願いしたんですよ。
でもできあがってきたら、漢字があちこち間違ってたりして(笑)
俺も見落としてたし、最悪でしたよ。もう一回、1000部刷り直して。
窪田
それは事件ですね(笑)
田中
料理屋さんも頭を下げて集まってもらって、警備員もいなくて、これうまくいくんかなと思ってたら、蓋を開けたら大混雑でね。こんなに人が来てくれるとは思わなかった。でもその時に、地元企業の方たちが2~30人手伝いに来てくれたりとか、本当にたくさんの人が支えてくれて。5人でやってるとは思えないイベントになりましたね。

チャリティは、最初から。「子どもたちのために使いたかった」

窪田
キャンドルナイトはチャリティイベントですが、それは最初からなんですか?
田中
そうそう、最初からですよ。売上目的でやっているわけじゃないから。
当時はキャンドルを1個100円で販売して、その収益をまるまる寄付に回してました。ありがたいことに出店してくれた飲食店の皆さんの中からも、ご厚意により寄付に協力いただけて、チャリティの輪が広がりました。
窪田
寄付先はどのように決めていたんですか?
田中
最初の頃は車椅子に関する寄付や子供達の支援施設とか、当時つながりのあった方の話から寄付先を決めていましたね。
途中から、「室内装飾を一緒にしてくれている保育園や幼稚園の子どもたちに直接返したい」という気持ちが強くなって。手伝ってくれる子どもたちが喜んでくれること、その想いや支援を子どもたちに還元することが、一番わかりやすいかなと。
窪田
供養のお祭りで、未来の命に寄付するというのが、すごく美しい循環だなと思って。
田中
ああ、そうやね。言われてみると、確かにそうかも。
子どもたちが楽しみに来てくれることと、その想いや支援が子どもたちに還元されていくというのは、自然な流れやったんかもね。

「宣伝費だ」という覚悟と、予想外の副産物

窪田
葬儀会社がこういうイベントを続けることって、社内でも賛否があったりしましたか?
田中
正直に言うと、当初は「ここからうちの会社がぶち上がるぞ」という思いもあったから、ある種の宣伝効果は狙っていましたよ。1回で数百万円ぐらいかかるので、周りからは「意味わからん」と言われたこともあったけど、俺の中では無料のイベントをやってるつもりはなかった。宣伝費の一環だという意識でいたから。それで人が集まってくれるなら、安いもんやと。
窪田
なるほど。でも結果としてそれ以上の効果もあったわけですよね。
田中
そうなんですよ。キャンドルナイトが軌道に乗ってきた頃に、いろんな団体から「どうやって立ち上げたんですか」「スポンサーはどこですか」って問い合わせが来るようになって。同じようなイベントが地域で生まれていったりもして。それは狙ってたわけじゃなかったけど、うちが地域をリードできたかもなというのは、ちょっと誇りに思っています(笑)
窪田
たしかにその頃くらいから一気にこうしたイベントが増えた気もしますね。
田中
あとね、これは狙ってなかったんだけど、スタッフの成長にもすごく効いてると思っていて。
俺の中にずっとある考え方があって
「仕事の7割は葬儀、3割は葬儀じゃないことをやるべき」っていう感覚があるんですよ。

その3割、つまりお客様に提供する葬儀以外のことを考える時間が、人を成長させると思っていて。キャンドルナイトって、まさにそれなんですよね。アイデア出しから準備・設営まで本当に本当に大変で、でもキャンドルを点灯した瞬間に、チームが一つになる。それは狙ってはいなかったんだけど、毎年起きることで。

高校生の一言が、泣きそうになるほど嬉しかった

窪田
続けてきた中で、一番印象に残っているエピソードはありますか?
田中
ステージで近畿大学附属新宮高等学校・中学校の吹奏楽部の子たちが演奏してくれるんですけど、ある年に高校1年生の子が来てくれて、その子が高校3年生になった年に「今年で僕は最後です。近大の吹奏楽では、8月26日にここで演奏することが一つの大きな行事になっています」と言ってくれたんですよ。
窪田
それはかなり嬉しいですね…!
田中
本当にね。自分たちが始めたイベントが、他の団体の文化として根付いていたということだから。
「8月13日は新宮花火、8月26日はキャンドルナイト」というくらいの地域文化にしたいというのが夢としてあったので、一歩そこに近づいた感じがして。あとね、あるママさんから「こんなイベントをやってくれてありがとう、助かります」と言われた時にも、続けてきてよかったって思いましたね。
窪田
続けてきたことで、地域との関係も変わりましたか?
田中
このお祭りを通じて、町内会の方々とも接する機会が増えました。立ち話ができるようになったというか、ちゃんと地域の一員として認めてもらえた感覚があります。

子どもたちの「思い出の種」を、これからも

窪田
今年で第10回を迎えますね。今後のキャンドルナイトはどんな形にしていきたいですか?
田中
人口が減ってきて、子どもたちが楽しめる場所ってどんどん少なくなっていっているじゃないですか。今、僕は京都に住んでいるんだけど、京都って500m行ったら別のお地蔵祭りがあるくらい、子どもたちのお祭りが今でもたくさんある。そういうのを見ると、余計に思うんですよ。新宮にも、そういう楽しみを残し続けなきゃいけないと。
窪田
地域の子どもたちにとっても、きっとキャンドルナイトは年に一回の大きな行事になっていると思いますよ。
田中
子どもたちの思い出の中に「キャンドル見に行ったな」って残ってくれたら、それが未来への種まきになると思っていて。
地域のこの辺の子が「キャンドルナイト」と聞いたら、アスカのイメージが出てくるくらいのものにしたいな。
社内から「大変なのでもうやめましょう」という声が上がる年もあるし、8月は超忙しい(笑)
でもやっぱりやる。10回、11回、12回と続けていくことに意味があると思っています。

さいごに

「子どもたちの思い出の種を蒔きつづけたい」と話す田中社長の言葉の裏には、明治から続く供養の火を消したくないという、まっすぐな覚悟があった。

葬儀会社がキャンドルナイトをやる理由。
供養の火を守り、子どもたちへ還元する。
命を見送る仕事だからこそ生まれる、この循環に意味がある。

今年8月26日、また幾千ものキャンドルが新宮に灯る。