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「伝える」コラム〈第3回〉決めない上司が、現場を迷子にする

Profile

株式会社アスカフューネラルサプライ・代表代行・CFO

西 祥平

1991年、和歌山県新宮市生まれ。実家は神社。大学卒業後、地元金融機関で9年間、数多くの企業の成長支援に奔走し財務分析・交渉術・リスクマネジメントを鍛える。2021年、アスカフューネラルサプライに参画。23年にCFO、翌24年から代表取締役社長代行として財務・総務・エリア統括・新規事業など幅広く手がける。「仕事が趣味」 と語り経営戦略 × リーダー育成で組織を牽引している。人と話す時間は、三度の飯より大好物。

目次

取締役の西が送る「伝える」コラム第3回。
これまでの2回は新入社員でもわかる内容でしたが、今回は管理職向けに発信していきます。
知識としての「正解」ではなく、「あ、これ分かるかも…」「自分もそうだった」と感じてもらえれば嬉しいです。

「決めるのが怖い」と思っていた時期の話

今日はいまの僕ではなく、少し前の僕に遡り、お話させていただきますね。

中間管理職の頃の話。

管理職になって、いちばん最初にぶつかった壁は、意外なものでした。

「あっ。何かを決めるって怖いな。」

プレイヤーだった頃は、決めるのは上の人の仕事でした。

自分はその決定の中で、与えられた範囲を全力でやればよかったのです。

極端に言えば、ボールが飛んできたら打ち返す。それだけでよかった。

でも管理職になると、ボールがどこに飛ぶかを決める側に回ります。

しかも、その決定の結果を引き受けるのは全て自分。

葬祭業という仕事柄、この「決める怖さ」はたぶん他の業界より少しだけ重いと思っています。

葬儀の現場には「やり直し」がない

お葬儀というのは、たった一度きりの場。

商品なら、不良品が出たら交換すればいいですし、システムなら、バグが出たら修正版をリリースすればいいです。

でも、お別れの時間は、二度と巻き戻せません。

その一度きりの場を、現場のスタッフが回してくれている。

そして、そのスタッフの動きを設計し、判断の責任を負うのが、管理職である自分。

正直に告白すると、いま思えば最初の頃の自分は、この責任から逃げていたように思います。

逃げ方は我ながら実に巧妙でしたね。

「みんなの意見を聞いてから決めよう」とか言って、決定を先延ばしにする。

「現場の判断に任せる」とか言って、責任を分散させる。
一見、ものわかりのいい上司に見えます。

でも実態は、ただ怖くて決められないだけだったんだと思います。

決めないことを、民主的な姿勢にすり替えていました。

「決めない上司」が現場に何をもたらすか

あるとき、スタッフにこう言われました。

「西さんはどう考えていますか?決めてくれないと、私たちもどうしたら良いか…」

ハッとさせられましたね。

自分は「現場の自主性を尊重している」つもりでした。

でも現場から見れば、それは「責任を取りたくないから判断を投げてくる人」でしかなかったんです。

「決めないこと」のリスクを過小評価し、「決めて間違えること」のリスクを過大評価する。

人は、行動した結果の失敗を、行動しなかった結果の失敗より強く後悔する傾向があります。

(行動バイアスの裏返しで、これを「不作為バイアス」と呼びます)

だから、決めずに済む言い訳を、無意識に探してしまうんですね。

でも、葬儀で「決めない」というのは、最も罪が重いです。

お別れの時間は待ってくれませんから。

判断を保留している間に、取り返しのつかない瞬間はどんどん過ぎ去っていきます。

決めることは、みんなへの贈り物

考え方を変えたきっかけは、シンプルな問い直しでした。

「自分が決めることで、現場は何を得るのか?」

答えは「安心」でした。

現場のスタッフは、判断を委ねられたいわけではなかったんです。

みんなが欲しかったのは、「これで進んでいい」という確かな線でした。

その線さえ引かれていれば、スタッフはプロとして全力を出せる。

線がないまま走らされることが、いちばん怖いんですよね。

組織社会学に、このような内容があります。

フランスの社会学者ミシェル・クロジエは、官僚組織の研究から「不確実性を制御する者が権力を持つ」と論じています。

マニュアルの外側で起きる、誰も正解を知らない状況。

そこで暫定的にでも答えを出せる人が、組織にとって代わりの効かない存在になる、と。

管理職の「決める」という行為は、まさにこれでした。

現場が抱える不確実性を、自分が引き受けて、線を引く。

間違っていたら、迅速に引き直せばいいんです。

大事なのは、現場を「不確実なまま放置しない」ことでした。

決めることは、責任を背負う重荷ではなく、現場の不安を引き受ける贈り物でした。

間違える前提で、早く決める

そう気づいてから、決め方をガラッと変えました。

完璧な決定を目指すのをやめました。

代わりに、「今ある情報で、いちばんマシだと自分が思う線を、めちゃ早く引く」ことにしました。

現場では、状況は刻一刻と変わりますし、組織やひとも同じです。

完璧な情報が揃うのを待っていたら、その瞬間は終わってしまいます。

だから、70点の決定を即座に出して、走りながら修正する。

これが組織を生かす唯一の方法でした。

もちろん、間違えることもたくさんあります。

引いた線が浅かったなぁと、後で気づくこともあります。

でも、間違えた線は引き直せるし、引かなかった線は、永遠に存在しないまま。

そしてこれも不思議なもので、「間違えてもいい、引き直せばいい」と腹をくくった瞬間から、決断のスピードが上がりました。もちろん怖さが消えたわけではないです。

怖いまま、決められるようになりました。

おわりに

管理職になって学んだのは、「決める怖さ」は決して消えないということです。

役職が上がっても、経験を積んでも、決断の前には今でも胃が痛くなる。

たぶん、これは一生消えないでしょう。

でも、その怖さの正体がわかった。

怖いのは「間違えること」ではなく、「自分の決定で誰かが困るかもしれないこと」でした。

だとすれば、いちばん誰かを困らせるのは、決めないこと。

決めない上司の下では、チームは迷子になります。

怖くても決める。間違えたら引き直す。その繰り返しが、組織の安心を作っていく。

僕は今日も、怖いまま、線を引く。